書籍の終わりは物語の「結末」ではなく、常に「始まり」

 2022年は2つの書籍を上梓した。「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」と「組織を芯からアジャイルにする」、いずれも力の限りを込めて制作した。

デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー
組織を芯からアジャイルにする

 書籍の執筆とは、あまりにも多大な労力を要するため、割に合うかどうか分からなくなるところがある。もしあなたが執筆による収益面を期待するならば、別のことに時間を費やしたほうが良いかも知れない。
 まず、ぐっすりと眠るという日々には一旦の別れを告げなければならない。また、あなたに家族がいるならば、間違いなく周囲の「期待マネジメント」が求められることになる。平日の仕事を終えてから夜な夜な執筆に取り掛かり、さらには休日だというのにPCに向き合うあなたに家族から投げかけられる言葉は不審であり、さらに不信の場合が増える。励ましのお便りを期待するのは一方的だと言うべきだろう。

 書籍を作るたびに「インセプションデッキ」を書き残しているが、そのときに自分が何を「トレードオフ」したのかを思い起こす記録になっている。

デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー インセプションデッキ
組織を芯からアジャイルにする インセプションデッキ

 大いなる収益が得られるわけでも、家族との絆が新たになるわけでもない。得られるのは疲労と、自分自身の非力さ、無力感。どれに合わせようとしたところで、まず割には合わないだろう。「割に合うかどうか」とかそうした観点とは違うところに、書籍を作ることの意味はある。それは「人(読者)との出会い」だ。

あなたがすべての時間を費やした書籍を手に取り、目を通し、忌憚なく感想、意見、疑問を寄せてくれる相手と出会うことができる。

この2冊を通じて、今年も多くの出会いを得ることが出来た。その出会いで垣間見えるのは、「DXで突破口を作っていきたい」「組織にアジャイルを宿したい」と、切り口は様々だが、共通するところは「挑戦」への意志だ。そこで語られる「挑戦」こそ、果たして割に合うのかというものが多い。

 なにせ、これまで微動だにしていなかった組織の「伝統」を動かしていこう試みなのだ。分かりきっている。割に合うはずもない。それでも「組織を変える」を語る人たちの意志には微塵のゆらぎもない。

(ここで書かれているように、私たちは越えていけるんですよね!)
 表情から、その期待を感じ取ることができる。その強い期待に眩しささえ感じる。だが、希望に満ちた意志に触れたとき、かえって私のほうが勇気づけられる。そうだ、このためにこの本を作ったのだ。
(当然じゃないですか、そのためにこの本を書いてあなたに届けたのだから!)

 書籍は、意志ある人たちとの出会いのためのきっかけ。どこから、どこへ向かうのか。その出発点で、私とあなたは書籍を通じて、互いの理解を合わせる。デジタルトランスフォーメーションといえば、ジャーニーの4段階であり、組織をアジャイルにするならば26の作戦が前提になる。

 だが、実際のところ物語の本編はその先にある。そこからが「始まり」になる。

 どこから、どこへ向かうのか。思い浮かべる行きたい先として、ひょっとしたら世の中の華々しい事例や日経コンピュータの記事を頼りに描いたものかもしれない。DX戦略が組織や業界を横断して、似通ったものになるのは、そもそもどこへ向かいたいのかを自力で描くことが難しいからだ。
 最初の取り掛かりはそれでも良い。何を描いたところで、出発点で得ている知識など限定的だ。いずれ、向かうべき先は自分たちで再定義することになる。「なる」というか、せねばならない。これを「むきなおり」と呼ぶ。

 向かいたい先がどこかで見たものだとして、そこへ向かっていく道中は事例で紹介されている方法の焼き直しでどうにかできるというものではない。むしろ、どこへ向かうにしても、「どうやって」については常に苦戦を強いられる。それもそのはずだ。どこからどこへ向かうのか、その出発点は組織の数だけ異なる。つまり、どこからどこへの間にあるギャップは、その組織特有のものになる。先を進む者たちの成果を手がかりにはするが、自分たち自身で考える必要がある。

 だから、書籍の終わりは物語の「結末」ではなく、常に「始まり」なのだ

 道のりの途方もなさを感じてしまうかもしれない。いつも上手くいくわけではない。むしろ、何に取り組むとしても、やることなすことすべては「組織初」なのだ。組織的知見がないところでの挑戦になる。
 だからこそ、自分で決めることもできる。どこからはじめて、どのくらい進めていくか、広めていくか、どこで「ふりかえり」と「むきなおり」を効かせるか。すべて「組織初」に挑む、あなたのハンドルの切り方次第になる。

 そんな世界では、「割に合うかどうか」なんて、問いはもう良いだろう? むしろ、割に合わないからこそ、この物語を私達は始めるのだから。

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