先日、静岡でイベントを行なった。静岡県下で会社・組織を越えてデベロッパーが集まれる場をつくろう、という趣旨のイベントであった。この趣旨とは別にもう一つ、この場作りにはある実験としての狙いもあった。
会場にもなったいちぼし堂を運営される北川信央さんは、静岡県下で材木会社を営んでおられる。北川さんとはThe Agile Guildとしての活動を通じて知り合う機会があった。まだお若いが、東京での修行を経て地元に戻られ、家業を継ぎつつ、新たな事業開発に熱心に取り組まれている。最初にお会いしたときに「この真摯な熱量が本当に実在するのだろうか?」と思うくらい、まっすぐな思いを持たれている方だった。地域、静岡のためにという取り組みが少子高齢、人口減様々な課題を抱える日本のためにもなると信じておられる。そうした思いに触れれば触れるほど、彼のことを応援したくなった。
北川さんのような、地元の家業を継いで、新たな事業づくりを行おうとする若き「越境者」が静岡に少なからず居て、同年代同志でネットワークを組み、それぞれのビジョンに向けて動いているのだ、という話を聞いてワクワクした。越境者という言葉は、従来の考え方や事業方針にとらわれることなく、本当に現代、今ココで価値があることは何なのか向き合い、行動を始めているその様を表すのに適していると感じた。
私は、東京で長らく仕事をしてきた、それはこれからも変わらないように思う。プロダクト開発や事業開発を支援する仕事だ。予算の相当限られたスタートアップの仕事から、大企業の新規事業まで。そうした取り組みは領域は違えど、どれも今までにない価値を社会にもたらそうという企てである。
ただ、東京以外の「地域」を対象とした、あるいは「地域発」の取り組みというのは、これまであまり携わってこなかった。私の関わってきた範囲の中に限ると、東京での取り組みは「地域」の方を向いているもの自体が少なく、それはこの先も変わらないような気がしていた。だが、課題先進国と言われる日本で、エッジの効いた課題は地域にこそ、まず現れるのではないか。地域での取り組みにもこれまで培ってきた自分の知見(仮説検証やアジャイル開発を用いた事業開発)を提供し、微力ながらも貢献したいと思うのは、私自身が「東京の外」からやってきた人間だからなのだろうと思う。静岡には何の縁もゆかりもなかったが、気がついたら何度も駿府城のほとりまで足を運んでいた。
そうした思いから、冒頭の静岡のイベントでは、北川さん、そして、北川さんの越境者の仲間にも集まってもらい、彼らが抱える課題、テーマについて語ってもらい、それを集まったみんなで考えるという場作りを行なった。彼らが語るのは地域静岡での現実的な課題(子育てしながらどうすれば働けるのか)であり、事業の構想(商店街に新しい活性をもたらすためには)であった。短いショートプレゼンの後に、集まっていた50名が自分の関心に基づいて、ディスカッションしたいテーマ、越境者のもとに集まる。3つのテーマ、つまり3人の越境者を取り囲んで、それぞれのグループでブレストを行なった。
まずは課題の深掘り。課題の背景には何があるのか、その課題はどのような問題を引き寄せるのか。解決できると何が嬉しいのかなど、グループで話し合う。いきなりアイデアを考えても上滑りしてしまう可能性が高い。このあたりは、事業を考える上での基本だ。はじめはテーマオーナーの越境者が対話をリードするが、やがてその役回りは薄くなり、各グループで自律的に話が進んでいく。課題の深掘りからやがて、解決のためのアイデア出しへ。その進度はグループによって様々だったが、30分程度の短い時間の中で、熱心なやりとりが一様に交わされた。
最後は、各グループから話し合ったことを発表してもらう。いかんせん短い時間だったので、十分な対話にはならなかったかもしれない。だが、最初の取り掛かりにはなったのではないかという感触は得た。これから、それぞれのテーマについて丁寧に議論を重ね、具体的な一歩、越境を生み出したいと考えている。
北川さんとは、この取り組みを構想したときに、これはまるで現代の「一揆」だね、と確認しあった。東京ではない場所から、日本の先進課題について取り組む。ただし、地域だけでは課題を解決していく力が足りないかもしれない。幸いにして時代は進んだ。現代は、リモートワークが普通になり、複業の時代になった。地域の外から「貢献したい」という思いで、それぞれの専門性を活かして取り組みを支援、関与することができる環境になってきている。地域の外から、地域への越境。
今回のコミュニティ立ち上げに、静岡県内県外から集まったのは主にデベロッパーだ。彼らの「つくる力」はきっと、越境者の支えになるはずだ。こうした取り組みを、いくつもいくつも立ち上げていく。すべて上手くいくとはもちろん言えない。だが、それぞれの、現状を変えようとする越境から、いくつかは活路が見えてくるかもしれない。それは日本という国にいつか届けたいギフトなのだ。地域から、日本への。越境。