アジャイルの守破離と、現実

国内と海外のagile発信の違い

agileというワードをtwitterで定期的に調べていると、海外と国内での発信量が大きく異なることに気づく。海外のagileについての発信内容は、基本的なことから独自の意見まで幅が広い。あるテーマについて様々な人が、それぞれの言葉で表現している。プロダクトオーナーにまつわることやユーザーストーリー、Doneの条件もネタとして多いように感じる。正直言って、またそんな話かと、飽き飽きすることもある。

それでも、様々意見や実践を読むと勇気と負けん気に近い感情が湧いてくる。世界にいる人達がそれぞれでもっと上手くなろう、もっと価値を生み出せるようになろうと挑んでいる姿を垣間見て、「そんなこと知っているよ」だったり「お、これは参考になるかも」だったり、と。

これも感覚でしかないが、海外の方は概念を整理するのが上手い。ビジネスモデルキャンバスを端に発したキャンバスブームの流れもあったとは思うが、一枚の絵で何を可視化し、どう整理するかというパターンをいくつも見かけた。例えば、Happy Startup Canvasという道具があるが、PurposeやVisionといった要素も検討のスコープにいれることで、目線の高さを保つ効果がある。これらの要素は、ビジネスモデルキャンバスには無い。

一方、国内をあたってみると独自の意見や実践話というよりはむしろ、ネガティブな発信が目につくことが多かった。やってみての失敗談なのか、やらずしての話なのかは分からない。海外と日本では当然発信の母数が異なるし、定量的に計測しているわけではないので、どこまでいっても確かなことは言えない。だが、それにしても発信内容の方向性が大きく異なるのには違和感があった。オピニオン、俺はこう思うといった発信が国内は相対的に少ない。

だから、日本はダメなんだ、みたいな話を毛頭言いたいわけではなく。むしろ自分だって、文字に残すことを大いにさぼってきた。日本でagileについて何らかの意見を表現していくことは、反省によるものと、もう1つ別の思いがある。

守破離の教えと現実

守破離という考えは実に大事で、agileにおいては入り口と思われる守ですら奥深い。現に、海外の書籍から学べることは実に多く、agileを語るのに一体何十冊読めば良いのだよというほど、良書も多い。

だが、現場で実践していくには、あまりにも現場のコンテキストは多様で、書籍やインターネットに転がっているお話だけで突き進むにはとても難しい。がっつりと失敗を重ねることで、文字からは把握できなかった、さらに多くのことを学んでいく。その過程で、確かにネガティブな方に転がりたくもなる。

そう、agileであることの難しさとは、守破離の守を身につけないと話にならないことと、それでいて目の前の現場に適応していくために絶妙のタイミングで自分で破っていかなければならないということが、誰も教えられないことなのである。そのタイミングは現場の状況に依るので、自分でやるしかない。もしくは、アジャイル・コーチという役割に出番があるのは、このためだ。コーチも現場に居合わせることで、適切な判断助言を提供することが可能となる。こうした現実的なアプローチについてこそ、文字に残していくことに価値があると考えた。

もっというと、自分なりの守破離の離について整理したいと思うようになった。そろそろコンテキストがまるで違う誰かの肩の上に乗ってから、目の前の問題に挑むのではなく。これまでの学びを踏まえゼロベースで組み立て直した方が、自分の関心事の解決により近づけるのではないか、と。こうして、正解もゴールもない、一つブログを新たに始めることにした。

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