モノづくりにおける「学習」と「成果」は、どうつながっているのか 日々モノづくりをしているのに、「なぜか前に進んでいる感じがしない」。そんな違和感を抱えたことはないでしょうか。ひょっとしたら「学習すること」と「成果をあげること」の間が歪になっているのかもしれません。 モノづくりとは、学ぶための行為なのか。それとも成果を出すための行為なのか。この問いは、プロダクトづくりや事業開発の現場で、何度も立ち上がってくるように思います。 学習と成果はしばしば対立する概念のように語られることがあります。「今は学習フェーズだから成果はまだまだ先」「成果を出さなければ(学習などには)意味がない」。しかし、学習と成果は本来、二項対立ではなく、併存し、往復し、変換される関係にあると考えられます。 しかし、事業開発の現場ではどちらかに偏ってしまうことが現実として多いのではないでしょうか。成果だけがあって学習がない状態も、学習だけがあって成果がない状態も、どちらも歪であり、事業開発の全体に良い影響を与えません。 成果だけを追うと、「なぜうまくいったのか」が分からないまま次へ進むことになります。学習だけで止まると、「で、どんな価値が生まれたのか?」という問いに答えられません。「作る・試す・正す」が回っている状態とは、学習が成果に変わり、成果が次の学習を呼び込む状態です。どちらか一方では足りません。両方が、つながっているかどうかが大事なのです。まず「主語」を置いてみる 学習と成果を考えるうえで、それぞれについての「主語」を捉えましょう。学習にも成果にも、少なくとも二つの主語が置けます。チーム視点事業(責任者)視点 同じモノづくりであっても、チームにとっての学習と、事業責任者にとっての学習は意味が異なります。成果についても同様ですね。まず、この「誰にとっての学習なのか」「誰にとっての成果なのか」を曖昧にしないことからはじめましょう。主語が混ざったままでは、議論も判断も噛み合わないままになります。学習と成果に共通する4つの価値の観点 さらに整理を進めると、学習と成果の双方に共通して置ける観点が見えてきます。ユーザーとしての価値ビジネスとしての価値エンジニアリングとしての価値チームワークとしての価値 同じ出来事であっても、どの価値の観点で見ているかで意味が異なります。どの立ち位置から、何を、どういう意図で見ているのか。まずここを揃える必要があります。 ここからは、「誰の視点か」「何の価値を見ているか」を手がかりに、学習と成果の差異を具体的に見ていきます。学習と成果、チーム視点と事業責任者視点、それから4つの価値の観点。それぞれの関係を図示しておきましょう。「忙しいのに進んでいない」状態は何が壊れているのか さて、もしチームが「日々多くのタスクをこなしているのに、前に進んでいる感じがしない」と感じているとしたら、そのモノづくりは何かが壊れていそうです。 多くのチームにきっと言えることですが、決してサボっているわけではありません。むしろ、真面目に議論し、作るタスクをこなしています。それでも「進んでいない」と感じるのだとしたら、それは努力不足ではありません。構造(システム)の問題です。 学びを得るための活動量は十分にあるかもしれません。調査も、検証も、議論もしている。しかし、それだけでは足りません。問題は、その学習が行動や判断に変換されないまま、時間として消費されていることです。「分かった」ことが、次に何を変えるか何をやらないかどの優先度を上げるか といった具体的な判断に結びついていないようでは、学習と成果は分断された状態と言えます。学習を成果に変える「変換」が、構造として抜け落ちていると言えます。チームの中で、何をどういう意図で試しているのかという仮説を共通にし、結果から何が分かるのか、そして学びを踏まえて次に何をするのかという判断を持つ時間を取りましょう。チームにとっての学習と成果 チームの視点で見たとき、学習とは次のようなことが挙げられます。ユーザーがどこで迷い、なぜ使わない/使うのかが分かった価値仮説が数字や成果に結びつかない理由が見えた設計・技術選択のリスクや限界、危険な前提が分かったチーム内の認識ズレや判断の詰まりどころに気づけた これらは、状況を理解するための学習と言えます。しかし、それ自体はまだ「分かった」という状態にとどまっており、行動や判断が変わらなければ成果とまでは言えません。成果として現れるのは、例えば次のような状態です。ユーザー行動を変えうる仮説を発見できた事業判断に使える材料(仮説・検証結果)を出せたムダな実装を避け、設計や方針を切り替えられた次にどう動くかについてチーム内の足並みが揃った 学習が、行動や判断を変えるとき、初めて成果になっていきます。事業(責任者)にとっての学習と成果 一方、事業責任者にとっての学習とは何でしょうか。例えば次のようなことがあげられそうです。どのユーザー価値が弱い/強いかが分かった事業仮説のどこが不確実かが明確になった技術制約や負債が事業に与える影響を理解したチームの強み・弱み・詰まり方が見えた これらはいずれも、事業を取り巻く状況や前提を捉え直すための重要な学びです。ただし、やはりこの段階ではまだ「理解が進んだ」状態にとどまっており、それ自体が成果になるわけではありません。 これらの学習が、次のような判断や選択に結びついたとき、はじめて成果として現れてきます。狙う対象ユーザーや提供価値を絞り直せた続ける/変える/やめるといった判断ができた技術投資や負債返済の優先度を決められたチームへの任せ方や期待値を更新できた チームと事業責任者、それぞれの学習と成果の「例」についてまとめておきましょう。 さて、チームがどれだけ試行錯誤していても、それが事業の判断に使われなければ、事業側から見れば「何も起きていない」のと同じに感じられるかもしれません。事業側は、チームが出した結果や成果から学びます。チームの活動が事業の次の判断につながるような全体感を、意識的に持っておく必要があるということになります。 だからこそ、チームがただひたすらタスクをこなしていても、事業全体としては適切さに欠ける可能性があるのです。「作業」は進むかもしれません。しかし、それだけでは全体としての「学習」が一向に進みません。 事業側が「判断できる」「判断を変えられる」材料になって初めて、より意味を持てるようになります。チームと事業側の間で、仮説と結果を共通のものとして扱う必要があるわけですね。見るべきは4象限ではなく「動き」である 「学習と成果」をここで示したような4象限で整理すること自体に、大きな価値があるわけではありません。本当に見出したいのは、「どこから、どこへ動いていくのか」という動きです。 チームの「学習」がチームの「成果」に変換され、それが事業責任者にとっての「学習」になり、さらに事業の「成果」へと押し上げられていくことになります。 この「N字の流れ」が回っているかどうか。どこかで止まると、学習は溜まり、成果は鈍り、「やっているのに進まない」状態が生まれます。 だからこそ、見るべきなのは、次へ渡る“動き”が生まれているかどうかです。チームと事業責任者の「試す」「正す」を重ね、つなげていくこと。それが「作る・試す・正す」が生きた構造になる条件だと考えています。 今、チームのモノづくりは、どこかで止まっているでしょうか。学習は、ちゃんと次の判断に渡っているでしょうか。チームで話し合ってみましょう。