回避戦略という選択 ともすると私たちは仕事において「これをやれば勝てる」という正解を求めがちです。最初はそう考えていなかったとしても、取り組み進める中で自ずと正解を探しあてようとする姿勢が強くなっていることがあります。これはもはや私たちに染み付いた傾向性と言えるかもしれません。 プロダクトづくりや事業開発といった不確実性の高い領域において、この姿勢があまりにも強くある、偏りすぎることはあまり良い状態とは言えません。無数とも言うべき、気にするべき視点、制約や条件を捉え、最も期待する成果に近づける筋道を見つけ出そうとするのはとても難易度の高いのことです。 こうした領域では、むしろ「これをやるとアウト」「この状態を放置すると行き詰まる」といった罠やアンチパターンのほうが明確に存在にします。こうした罠もまた数多く存在するわけですが、「これをやれば勝てる」を見つけ出すよりも、「これをやらなければ負けない」を選んでいくほうがまだ難易度が下げられる感覚があります。 であるならば、最初から「当てにいく」ことを目的にするよりも、「外しても次がある」状態をいかに保ち続けるかに知恵と時間を使うほうが、結果として優位に立てるのではないでしょうか。この、罠を一つひとつ回避しながら、勝ち筋が立ち上がる余地を残していく姿勢を、「回避戦略」と呼びたいと思います。。 書籍『作る、試す、正す。』で扱っている「仮説展開ストーリー」は、この回避戦略を具現化するための一つの手立てです。https://ichitani.com/query/posts/hypothesis-expansion-story 仮説展開ストーリーでは一貫して、次のような態度が重視されることになります。・一手目にすべてを背負わせないこと。・結果ではなく「蓄積」を問うこと。・判断の重みを分散させること。・勝ち筋以上に「減耗しない構造」をつくること。一手目にすべてを背負わせない プロダクトづくりが行き詰まる典型的なパターンに、最初の一手、すなわちMVPに過剰な期待を背負わせてしまうケースがあります。価値の実現(PSF)も、期待収益の達成(PMF)も、その一回でまとめて成し遂げようとする。その結果、判断は過度に重くなり、少しでもズレが見えると「やはり失敗だった」という展開に引きずりこまれてしまう。 仮説展開ストーリーにおける一手目の役割は、価値や収益の正解を「当てること」ではなく、「次に進める状態をつくること」にあります。PSFとPMFの到達を意図的に分けることで、デッドエンド・ジャーニーに入り込むリスクを避ける、そのための一手です。 最初からすべてを背負わせようとした瞬間、判断は正せないものへと変質してしまいます。方針は守るべきものとなり、果たすべき前提と暗黙的に認識されるようになる。こうなると、一手目でいかに勝てるか、が意思決定の大部分を占めていきます。当然ながら、その判断を下すのに相当な時間を費やすことになります。 しかし、議論にだけいくら時間を費やしたところで、確実性をあげられることに確信は持てないことでしょう。回避戦略とは、意思決定の重さを最初から引き受けないための設計であると言えます。問うのは結果ではなく「蓄積」 仮説展開ストーリーの各手番では、二つの問いを同時に立てることができます。「何を達成するか」という問いと、「何を残すのか」という問いです。どちらも必要な視点です。ただし、前者だけを見てしまうと、結局は従来の「当てにいく戦略」と変わらなくなります。 後者の「何を残すのか」で問うのは、単純な成果そのものではありません。たとえば、対象者(想定顧客やユーザー)との接点や関係がつくれたか。対象者に新たな行動が生まれたか。次につながるデータを獲得できたか。そうした次に繋がるリソースの「蓄積」になります。 各手番で得られた新たなリソース(顧客接点、関係性、行動変容、それに伴うデータなど)をもとに、その次の手番でもう一段勝てるようにする(あるいはさらなるリソースの獲得に向かう)。仮説展開ストーリーの手番で目指すのは、自分たちの優位性へと繋がる資源獲得とその蓄積です。 仮説である以上、当然想定していない結果になることはあります。結果によっては大きくプランを見直したり、方向性自体をピボットする必要も出てきます。しかし、それは仮説検証の本来の動きです(ここが受け入れられないために「正解を当てに行く」アプローチが優位になってしまうわけですね)。一方、「蓄積」があれば次を変えられる芽が残ります。仮説展開ストーリーは、成果よりも先に学習が残る構造をつくるためのものだと言えます。判断の重みを分散させる 仮説展開ストーリーとは、現状(From)から理想とする状態(To)までの道筋を仮説として描いたものです。このFromとToの間を、闇雲に、あるいは一気に埋めようとしても、うまくいくはずがありません。おそらく判断は中途半端になって「大失敗しなさそうな無難なプロダクトの実現」や、勢いに頼って「とにかくやってみる」しかなくなります。かなり分が悪い動きです。 意思決定を一気に行おうとするから、重くなり、ねじ曲がるわけです。その重みを時間軸に沿って分散させることが、仮説展開ストーリーの狙いにあります。一手ごとに、手番として適切な範囲を定め、常に正せる余地を残すようにしましょう。これは、「一手目すべてを背負わせない」と主旨は同じであり、この考えをすべての手番で適用するということです。 イメージとして、Fromに対してToの到達点が相当な高みになるほど、FromからToを結ぶ道筋は高角度となり、もはや垂直(90度)に立ち上げていくようなものとなるでしょう。事業開発が難しくなるわけです。この急激な角度をならすのが、仮説展開ストーリーの手番の考え方です。 手番を分けることで、一つ一つの局面で必要な意思決定の難易度を下げる。この難易度の正体は「リスク」です。本当にこの機能、このプロダクトを提供することが価値に繋がるのか、また多くの利用者を引き寄せることになるのか分からない。そうしたリスクを感じながら押し込めてしまうのが「一気に正解を当てようとする」アプローチです。 分かっていないことを分かっているふうに装うのではなく、「何がわかれば判断ができるようになるか」の問いのもとに手番を設計する。もちろん、リスクがゼロになることはありません(それはもはや事業開発とは呼べません)。現実的に引き受けられるリスクの分量を見ながら、方向性を決めることにしましょう。 そこには、「この一つの判断がすべてだった」という劇的な物語は生まれてこないかもしれません。だからこそ、プロダクトづくりも、プロダクトチームも壊れにくく、続けられるようになるのです。勝ち筋以上に「減耗しない構造」をつくる 仮説展開ストーリーが重きを置いているのは、「勝ち筋を早く見つける」ことではありません。それ以上に大切なのは、事業の選択肢、すなわち可能性を減らさないことです。そして試すたびにチームに力をつけていくことにあります。 不確実性の高い領域で手立てになるのは、何でしょうか。私は、「事業の可能性を宿した仮説」と、それを「具現化する力があるチーム」であると考えます。仮説がなければ動きようがありません。チームがなければ仮説を試すこともできません。可能性のある仮説と、強いチームがいること。突き詰めるとこの二つをいかに生み出し、続けられるようにするか、が要となります。 プロダクトづくり、事業開発における決定的な危機とは何でしょうか。仮説が外れること自体は問題ではありません。問題になるのは、外れるたびに選択肢が削られ(「次こそはあてるべし」)、チームが疲弊し(持続し難いペース)、次を試せなくなることです。正解が見えないからこそ、拠り所になるのは「次を試せる」ということになるはずです。ここが崩れた状態で勝ちに辿り着けるほど、私たちが挑むテーマ、領域は容易なものではないでしょう。 そして、選択肢もチームも減耗していき、その果てに待っているのが、戻るに戻れないデッドエンド・ジャーニーです。ここまで述べてきた回避戦略とは、この「減耗」を避けるための戦略にあたります。そうなったときに気付いても対処できないという事態を避ける。そのためには、チームとして選択肢を持ち続ける状態を保つ必要があります。 勝ち筋とは、可能性を残し続けた先で、チームの力とともに立ち上がってくるものと捉えています。その立ち上がりを信じられる構造を、最初から組み入れておく。それが、回避戦略という考え方になります。