効率への過度な最適化をストップし、顧客や社会にとって真に価値あるものを提供する。これがDXの本質といえる。しかし、そのためには既存の考え方や業務プロセスにとらわれず、未知のものを「探索」して「適応」することが不可欠になる。その有力な手立てとなるのがアジャイルだ。ソフトウエア開発で育まれてきた技法を組織に適用するためのアプローチを紹介する。
DXは組織に2つの変革を起こす手掛かりになる。1つは変化する環境や顧客・社会のニーズに対応し、新たな価値を提供できるようにすること。もう1つは企業文化・風土、業務やプロセスを変えることである。
その実現に向けた取り組みでは、注力するポイントを段階的に変えていく手法が効果的だ。まずはデジタル技術を利活用することで現行業務を効率化し、変革への余力を生む。次に変革を推進する人材の育成・強化を目指し、リスキリングを進める。これにより、生まれたリソースや人材を変革に振り向け、事業価値の創出と向上を図れるようになる。
「しかし、日本企業の多くが新たな事業価値の創出までは到達できていません。アナログな業務のデジタル化、業務効率化にとどまっており、DXの“本丸”であるビジネスモデル変革には苦戦しているのが実情です」とレッドジャーニーの市谷 聡啓氏は指摘する。
原因の1つが、1980年代から連綿と培われてきた“効率への最適化”という呪縛だ。日本企業はこれまで、組織の構造、役割、業務、技術、意思決定に至るまで効率性を徹底追求してきた。迷わない、止まらない、手戻りをなくすために、あらかじめ選択肢を絞ってルールを厳格にする。もちろん、これはかつての日本の躍進を支えた素晴らしい取り組みだが、度を過ぎると思考停止に陥り、間違った状態でも振り返らなくなる。その結果、効率への最適化のつもりが、非効率な状態のまま安定化してしまっているのである。
「1つの正解がまずあって、そこにいかに早く、ミスなく到達するかが勝負だった時代にはこの方法が有効でした。しかし現在は、『そもそも何が価値なのか』を考えるところから始めなければなりません。従来の方法に頼っていては変革は進められないのです」と市谷氏は言う。
社内でDX人材を育成することのメリットについて、同社は大きく次の3つを挙げる。
このような前提を踏まえて、DXの取り組みで求められることは何なのか。同社によれば、それが「探索」と「適応」だという(図1)。
新たな価値の創造は、新たな仮説を見出すことから始まる。そして、正解を見つける作業でもある。仮説の立案・試行・検証を行い、その結果から得た学びを判断や実際の行動にフィードバックする。反復的な仮説検証で価値創造の取り組みをスパイラルアップしていく
まず探索の対象となるのは「手段」「顧客」「課題」だ。これまでのプロセスや方法、手段を変え、既存の顧客だけでなく潜在顧客のニーズも考える。その上で、自社が解決すべき課題とは何かを探るのである。これらの探索結果を取り込み、組織の姿や文化を変えていくことが適応だ。「探索・適応のプロセスで、1度で正解にたどり着けることはまずありません。探索と適応を何度も繰り返していくことが大切です」と市谷氏は説明する。
そこで重要になる考え方がアジャイルである。もともとは2001年に提唱されはじめたソフトウエア開発手法の1つだが、これを組織に適用する「組織アジャイル」がDX推進の要になるという。
アジャイルの基本概念は「回転」だ。自社たちを取り巻く環境や置かれている状況を見極め、適切な方向性を見出す。その方向性に基づき、取り組むべきテーマを決めたら、1~2週間分の計画を立てる。その上で、実際のアクションを起こし、得られた結果を基に活動を見直していく。この一連のサイクルをスピーディに回転させることで、品質を高めていくのである。
「IPAの『DX白書2021』によれば、戦略の見直しを毎月行う企業の割合は米国で26.3%。一方の日本は7.4%で、この差は組織アジャイルの浸透度合いに比例していると考えています。1つの正解がすぐに見出せない時代、大切なのはできるだけスピーディに試行錯誤を繰り返すことであり、それを実現するのが組織アジャイルです」と市谷氏は言う。
組織アジャイルの実装に向け、レッドジャーニーは5つのステップからなるアジャイル展開作戦を提唱している(図2)。
ポイントは小さく始めることと、組織の共通言語を整備すること。小さく始めれば、成功のモデルケースが生まれやすくなる。共通言語があれば、横展開によって活動をスケールしやすい
第1ステップは「小さなプロジェクトで始める」。仮に失敗しても、影響を限定的にできる上、早期に結果を得られるため、学びを素早く次に適用できる。中途半端に大きいプロジェクトや重要なプロジェクトは「成功させなければならない」プレッシャーが強まる。プロジェクト選びは慎重に行うことが重要だ。
第2ステップは「探索と適応の学びを組織的に整理する」。ソフトウエア開発のアジャイル手法そのものは、組織への展開時にフィットしにくい。自組織に適した探索・適応のプロセスと方法を定義する必要がある。
第3ステップは「全社と個別の2つの作戦を立てる」。まず、アジャイルのガイドや、社員・経営層向けの研修・勉強会など全社共通のコンテンツを整備する。「これによりアジャイルの考え方や方法論を“共通言語化”します」(市谷氏)。実際のプロジェクトは部門やグループ各社で個別の取り組みになる。直面する課題の解決や軌道修正に対応できるよう、伴走支援体制も整備する。
第4ステップは「誰もが認めるモデルケースをつくる」。他社の成功事例をそのまま当てはめても、うまくいかないことが多い。成功例の横展開を加速する上でも、模倣しやすいモデルケースを組織内でつくることが重要だ。
そして第5ステップが「展開自体をアジャイルにする」ことである。組織アジャイルを取り入れても、その活動自体が遅々として進まないのでは意味がない。「過去のふりかえりと未来からのむきなおりで、適宜のカイゼンと展開プランの調整を素早く実施していきます」と市谷氏は述べる。
これからの時代、競争力を高め、維持するためには、顧客にとっての価値、自社の価値を再定義することが不可欠だ。レッドジャーニーは、これまで100社以上の企業と関わりをもち、変革支援を手掛けている。組織アジャイルによる変革を推進する際の有力なパートナーとなるだろう。