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 「開発チームとのやり取りはメールで行っています」

 あるプロジェクトのプロダクト開発がうまくいっていないと聞いた筆者は、そのプロジェクトを支援することになった。まずは状況を把握しなければならない。早速、コミュニケーションチャンネルに交ぜてくださいとプロダクトマネジャーに依頼したところ、返ってきたのが冒頭の言葉だった。

 「新しい顧客体験をつくっていこう」という野心的なプロダクトの開発において、そのチームのコミュニケーション手段がメールのみだという。正直言って驚いた。筆者がメールだけで開発をしていたのは、いったいいつのころだったろうか。10年前でもすでにチャットを使って開発に取り組んでいた。

 途中から入っていくのだから、状況が判然としないのはやむを得ない。それにしても、一向に現場が見えてこない。どこで何が起きているのか、チームが何を追いかけているのか、どこまでやるべきことが終わったのか。

メールだけでDXプロジェクトを遂行できるか
メールだけでDXプロジェクトを遂行できるか
(出所:123RF)
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 筆者が同プロジェクトに参加したのは、ちょうど新型コロナウイルスが猛威を振るい始めたころだ。現場はリアルからオンラインへと移行していた。そもそも新参者の筆者に限らず、チーム全員が今何をしているのか、お互いに把握できなければ話にもならない。

 しかし現場の状況が見えないのは当然のことだった。チームはまともなタスクマネジメントも行えていなかったのだ。そもそもタスクマネジメントのための道具が存在しなかった。

 ゼロからプロダクトを立ち上げる状況下で、外部の開発者も含めたチームがコミュニケーションはメールで、全員がときを同じくして把握できるタスクマネジメントも存在しない。これでプロジェクトがうまくいくほうが不思議だ。

 くだんのプロダクトマネジャーは、自分たちにどんな課題があるかも把握できず、ただ起こることに反応しているだけ。チーム全体の雰囲気も停滞し、突発的に湧いて出てくるやるべきことに右往左往する日々。要するにこのプロジェクトは「炎上」していた。

「気分」だけでDXは進まない

 そもそも、デジタルプロダクトの開発自体が難しい仕事だ。ソフトウエア開発において、常に事態を難しくしてきたのは「われわれは何をどうやって作るのか」という認識合わせが容易ではないことだ。使う道具のハンディがなくても、そもそも新たなデジタルプロダクト開発は難しい。まだ形がないものを、複数人が集まってソフトウエアに落とし込んでいく。作るべきもののイメージが互いに合致していなければ、アウトプットは全く期待しているものにならない。

 しかも数カ月にわたって仕事を共に進めなければならないのだから、チームとして何がどこまで進んでいるのかの可視化は不可欠。新型コロナの存在によらず、必ずしもリアルな場所に一カ所に集まって仕事をすべき時代でもないのだから、余計に互いの状態が分かりにくくなる。リアルな接点が限られるからこそ、お互いの状態やアウトプットを適切な頻度で確認し、細かく認識を合わせていくことが頼りになる。それを昔懐かしいメールで行おうというのは、あきらかに使う道具を誤っている。