「ナラティブ・プロトタイピング」で何をプロトタイプするのか?

 プロダクト作りは仮説を立てることから始まる。たいていの場合、仮説キャンバスを用いて仮説の言語化を試みるところから取り掛かる。ところが、実際のところ仮説を言語化する行為に慣れていない人は多い。だから、プロダクトオーナー、チームが集まって仮説を立ててみようとしたところで、上手くいかないことはざらにある。
 肝心の仮説が浅かったり、仮説とは言えないくらい断片的であったりする場合がある。そんな場合にどうするか? ゆるい仮説キャンバスを手がかりに進めていくのでも学びは得られる。しかし、あんまりぐんにゃりした仮説だと引き締めていくのに相応の時間がかかる。
 仮説はあくまで仮説だからその先で当然のようにピボットもある。そうした紆余曲折しながらの進め方に組織環境のほうがフィットしていないと(理解が得られていないと)「時間がかかりすぎる」「時間をかけた割には成果ない」といった横槍が入り始める。だから、仮説をある程度まとも立てられるすべ、あるいはその準備の時間を取る事を考えたほうが効果的だ。

 では、仮説キャンバスを作るより前のところで何をするべきか? 筋が良くない仮説を多数見てきて一つのことに気がついた。それは、圧倒的に言葉が足りないということだ。課題の仮説を挙げるところで、一つ二つの付箋しかない。しかも中身は断片的なキーワードレベルで、表層的で浅い。何をこのプロダクトで捉えていくのか、という解像度が低すぎる。
 少し言葉が乗せられたキャンバスであっても、その言葉が自分たちのものになっているかも見ておきたい。どこかのサイトか何かから引っ張ってきただけだと、やはり筋は悪い。その人、チームならではの仮説になっていなければ、他の人でも書ける内容にしかならない。仮説には、そのへんに転がっているような情報の中には見つけられない「切り口」が欲しい。

 ということで、向き合う問いが変わってくる。仮説を立てるために、自分たちの言葉を得るにはどうしたら良いだろうか? 要は語れなければならないということだ。対象となるテーマ、課題、想定ユーザー、プロダクトについて、どれほど語れるか。語りたい言葉が次々と湧いてくるような、そんな感覚があるかどうかだ。「ちょっと話を聞いて下さいよ」から次から次へと、楽しげに言葉を紡ぎ出す。乱暴に言うと自分が語りたくてしかたない、語るのが楽しくて仕方ない、そういう感じでなければ、おそらくそのプロダクト作りは上手くいかない。当事者が楽しくもなく、関心も薄いようなプロダクトに誰が乗ってきてくれるだろうか。楽しさはこだわりや細部のクオリティへと駆り立てる。

 語るべき言葉、もちろん断片的なキーワードの寄せ集めではなく、自分にも人にも聞かせられるもの。つまり、ストーリーを作るということだ。プロダクト作りであれば、作ろうとしているプロダクトを利用している様子がいきいきと語れるか。さらにはその利用に至る前の背景、文脈から「なぜ、このプロダクトが必要なのか」「どこでこのプロダクトがいきるのか」を語ることができるか。こうしたストーリーを紡ぎ出すために「ナラティブ・プロトタイピング」という手法を編み出し、実際に適用している。ナラティブ・プロトタイピングの中身は次のスライドにあたってもらいたい。

 プロダクト作りだけではなく、組織のミッションやビジョン、あるいは働き方、そういったものもプロトタイピングできる。こうした取り組むテーマによって、ナラティブの原型を作るまでの活動も変わる。このスライドを作ってから、すでに方法は進化しており、より「変化」に着目したスタイルへと変えている。プロダクトにせよ、組織にせよ、何らかの新たな試みとは、これまでにはなかったこと、価値、状況を作り出したいという思いがそこにはある。だから、ストーリーの原材料には「なにをどのように変化させるのか」というFrom-Toをメインに据える必要がある。

 さて、ナラティブ・プロトタイピングというからには、何をプロトタイプしているのか、という疑問も湧くだろう。ナラティブ・プロトタイピングでは、ストーリーという媒体を用いて、ナラティブ(チームや関係者を巻き込んで全員で語る)によって、期待する「状況」をプロトタイプしていると言える。
 いまはまだ存在しないプロダクトや何かの取り組みで生まれる、ありたい「状況」をキャプチャリングして、扱えるようにするのが狙いだ。このプロダクトで何を目指しているのか、どういう結果を作りだしたいのか、その実現したい「状況」そのものを言語化によって表現し、理解をあわせたり、フィードバックがあげられるようにする。

 例えば、何かスマホアプリを作るとして、そのプロトタイプで表現するのはたいていの場合アプリ自体であって、理解をあわせたり、フィードバックを寄せる対象は、UIとして見える範囲になることが多いだろう。写真を誰かと共有するアプリの機能性について確認しよう、といった場合はそれで構わない。
 しかし、スマホやブラウザの内のような狭い世界だけではなく、その世界の外側、つまりリアルな人の営みに影響を及ぼしたり、巻き込んだりすることを意図したプロダクトとなれば、一体何をプロトタイピングすれば良いのかとなる。スマホアプリだけで完結しないため、アプリをプロトタイピングしたところでそもそもの意図を表現できない。

 だから、何かしらの変化がおきる過程と結果の状況自体をキャプチャリングする必要があるのだ。プロダクト作りの最初期段階において、多大なコストと時間を費やすことなく、これを実現するためにはストーリーが適している。何しろ、必要なのは言葉だけなのだから。絵や図形で表現することが苦手な人でも、ナラティブ・プロトタイピングには巻き込むことができる。もちろん、ストーリーを作り出し、それをイメージイラストや写真などで表現しなおしても構わない。

 ナラティブ・プロトタイピングには手法としての奥行きがかなりある。それこそ、楽しみながらこの取り組みを取り入れ、進化させている。

Photo credit: The Magic Tuba Pixie on Visualhunt

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